理屈ではなく込み上げてくるものがある作品だった。
上映が終わった後に、しばらく言葉が出なかった。
一緒に見た妻が訝しがるくらいに、私は物思いに耽っていたらしい。
感想をネタバレなく綴ってみる。
テーマは作品タイトルと同じく「君たちはどう生きるか」だ。
一言で述べると、「生きてほしい」「生き抜いてほしい」という宮崎駿監督の痛切な想いに彩られた作品、ということになるだろう。
そして、監督のこれまで創り上げてきた作品に散りばめられているものとは比べ物にならないくらいの、文明に対する強いアンチテーゼを示す作品でもある。
人は、文明を手に入れたことと引き換えに、生物としては不自然な方向にどんどん進んでいる。
経済的な豊かさを追い求めて、人同士が殺し合い、平和の仮面を被りながらも、利権争いに奔走する。
生物的な本能を理性で押し殺し、生存活動には直接関係のないもののみを追い求めて、それに支配された生活を送っている。
そして豊かさのために、どんどん自然を破壊する。
自然と共生することを義務として初めて、右向け右で一斉にそちらの方向へと意識が向く。
文字通り「不自然」なのだ。
人だけが生物の枠を超えて、どこか違う分類なのだと思い上がり、食べ物を命をいただくことに対しての感謝もない。それどころか、心を動かすこともない。
肉や魚はパックで売られていることが当たり前で、それを捌く人は限られている。
命をいただいている意識もなく、美食に舌鼓を打つ人類は、神なる視点を持つものから見たら、おそらく気が狂っているように映るのだろう。
ペリカンが亡くなる前に残す言葉が象徴的だった。
「我々の一族はワラワラ(子供)を食べるためだけに生み出された。それをしなければ生き延びられないのだ。この世界は呪われている」
これは、人類の現在を表した言葉なのではないだろうか。
経済的に豊かになるにつれて少子化は進んでいく。
人は、生物としてどんどん不自然な方向へと進んでいる。
しかし、それを意識的に行なっているわけではなく、ある種の見えない力に導かれてそちらに進んでいるのだ。
最後のシーン。
カンブリア大爆発を想起させるかのような「命の爆発」を描いている。
私はそのシーンを見て涙が込み上げてきた。
そのシーンこそが、宮崎駿監督の集大成であり、人生を通しての力強いメッセージでもある。
正直、一度見ただけでは、あまりストーリーを理解することはできなかった。
しかし、それは宮崎駿監督自身がインタビューで語っていた通り、なのかもしれない。
本作に対して「自分でも何を作っているのかわからないのだから、視聴者が理解できないのは当たり前だ」
そう語ったと聞く。
この作品は、何も珍しい「映画」という形をとった「アート」なのだ。
そう説明する岡田斗司夫さんのYouTube動画を見て腑に落ちた。
ネタバレなしに『君たちはどう生きるか』を分かりやすく説明した動画なので、興味のある方は視聴すると良いと思う。
改めて、一度で評価することの難しい作品だが、私はこの作品を見て、「生きる活力」のようなものをいただいた気がする。
エンターテインメントなんてものは、それだけでいいのかもしれない。
学術的にどうこうという話は、それをしたい人だけがすればいい。
前知識なしに、素直な気持ちで本作を見て、良いと思えば、その人のライフステージに合った作品であるし、そうでなければ違うということなのだろう。
ただ、間違いなく言えることは、本作で問題提起しているテーマは、生きていれば必ずどこかで悩むことになる人類に与えられた不滅の課題だ。
いつか、この作品を見て感情がこみ上げる時が必ず誰しもに訪れる。
それだけの力を持った作品だと私は信じている。
私はこの時に見ることができて良かった。
そう感じる作品だった。