いつからだろうか。
夢中になれるものを失ってしまったのは。
学生の頃の私は、いつも何かに夢中になっていた。
いつの頃からか、人生に対して主体性を失っていった。
今では、日々のタスクをこなすだけで精一杯だ。
アスリートなんかは、競技を続けている間は、その競技に全てをかけて生きているのだろう。
多くの人にとって、それはある種の強迫的な力が働いているのだと思う。
同じように、日常に対してそういう強迫的な力を働かせることができれば、私も人生を主体的に生き続けることができるのだろうか。
誰かから期待をされ続けることが、そのまま強制力となって、私を常に前に進ませ続けてくれるのだろうか。
それならば、いっそその強制力が欲しい。
私は弱いから、前に進むための客観的な理由が必要なのだ。
そうしたら、前に進み続けることができるのだろうか。