「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

久しぶりに走った

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ここ最近は、モヤモヤすることが続いたから、

久しぶりに走ってきた。

 

まっすぐに続く道。私の前には誰もいない。

走っている間中、私の頭の中を雑念が飛び交うけれど、心臓が苦しくなると同時に、無心に変わる。

 

無心の状態がしばらく続くと、自分の体に目を向けることになる。

悲鳴に近い、あらゆるサインを逃すまいと、私の脳は、私の体に集中しだすのだ。

 

雑念が消えていく。

たかが20分足らずのことだが、この無心になれる時間が今の私には必要なのかもしれない。

 

「時間がない」

そうやって急かされるように生きているが、それは私の脳が作り出した「まやかし」なのだ。

 

空いている時間はある。

通勤中もスマホを開いてゲームをしているくらいだ。

「時間がない」ということはない。

それは私が自分に言い聞かせているだけだ。

 

そして、もしかしたら私自身が「忙しい私」を望んでいるのかもしれない。

自分のことを優秀で、引くて数多な、常に忙しく動いているエリートビジネスマンだと思い込みたいだけなのかもしれない。

 

「忙しさ」をステータスにしている。

そこに依存している限り、私はこれ以上先に進むことはできないのかもしれない。

どんなに忙しかったとしても、余裕を持ちながら、悠々と自分の時間を謳歌していた方が、よほど優秀だ。

 

どこか、周りからの評価に流されている。

そういう物は捨てたと思っていたが、そうではなかった。

私の中には、まだ誰かの評価を追い求めている自分がいる。

 

絶望の淵に立たされて、一度は全てを捨てたと思っても、満たされるにつれて「欲」は復活する。

その「欲」はどんどん大きくなっていき、やがて行動規範そのものを変えてしまう。

 

バランスが大事なのだ。

「欲」がないと生きる気力は湧いてこない。

しかし、求めるものが「欲」だけでは、他人に左右される人生で終わってしまう。

 

「生きる」ということはバランスを保つこと。

 

人生を預ける対象が、どんなに優れたものだとしても、そこに身を預けすぎてしまうと、それを失った時に人生は瓦解する。

破滅を味わうこともまた勉強と言えばそれまでだが、もはや私はそれを積極的に求める年齢ではない。

 

「周りの評価」を求める方向に偏っていた。

もう一度、私が人生に何を求めているのかを考える必要がある。

 

確かな実力、確かな人格、目の前の1人に誠実であり続けること。

人類の未来に希望を持ち続けること。

私の求めているものは、そういうものだ。

 

それは、誰かの評価を追い求めた先に手に入るものではない。

地に足をつけて着実に歩みを進めよう。

価値観をリセットしてゼロからスタートしたあの時のように。