人は社会的印象に引きずられて生きている。
男の方が力が強い、女性は家庭で活躍する。
そうしたステレオタイプ。
それに当てはまらない場所では、ステレオタイプ脅威というものを感じて、能力が低下するようだ。
例えば、肉体労働の現場で働く女性は、そこで女性として扱われれば、物理的にも力が弱くなるらしい。
不当に低い立場で働いている人は、本来持つ能力が高かったとしても、その立場に見合った力しか発揮できないようだ。
そうしたステレオタイプ脅威。
私にも思い当たるところがある。
日本人は空気を読む性質が強い。
「でしゃばり」は敬遠されるのだ。
だから、必要以上にTPOに縛られて、与えられた役割を演じることに躍起になるのだろう。
見た目に威厳があるの立場が高い。
立場が上だと仕事ができる。能力が高い。
それもまたステレオタイプだ。
ある意味では、立場が上がることで、それに見合うだけの仕事を任されて能力が身につく。
そういうこともあるだろう。
しかし、そうではないことも多い。
そうなると、プレッシャーがステレオタイプ脅威となることもある。
「こうでなければならない」「この立場ならばこれだけの能力を身につけているべきだ」
そのプレッシャーに押しつぶされてしまう人もいる。
そう考えるとステレオタイプ脅威は悲劇しか生まない。
個人としていかにそれを跳ね除けるのかが重要となるのだ。
どのような場所であれ、どのような立場であれ、
本来自分の持つ力を発揮したい。
そのためにはどうしたら良いのだろうか。
最も大きな要素は、必要以上に他人の評価を気にしないことだ。
目の前のタスクに対して向き合う。
ただそれを淡々とこなしていく。
その積み重ねの中で力は身についていく。
不当に評価されなかったとしても仕方がない。
他人の評価など自分でコントロールすることはできないのだ。
大事なことは、自分が自分の生き方に納得しているか否かだ。
それ以外のことに縛られる必要などない。
ただ、自分を嫌いにならない方向に、着実に進んでいく。
その積み重ねの中で、確かな自己肯定感が育まれるのだろう。
地位も名誉もお金も幸せに直結するとは限らない。
結局は、最後の時を迎えた時に誇れる自分であることが大事なのだ。
他人の評価に依存することはやめて、自ら望んだ人生を歩む方向にシフトした方が、よほど幸せに生きることができる。
ステレオタイプ脅威を跳ね除けて、自分らしく生きるためには地道な積み重ねにより、自らの考え方を矯正していく必要がある。
時間がかかる作業なのだ。