「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

「心持ち」の変わった日

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今の職場に後ろ髪を引かれて、

どこか悶々とした日々を送っているのだけれども、

徐々に次の職場に意識を向ける時間が増えてきた。


私は優柔不断でヘタレなものだから、

徐々に心を慣らしていく必要があるのだろう。


恋愛にしたってそうだった。

アプローチを受けてから半年やそこら気持ちを温める。

意を決したときには相手はもう冷めている。

それが私のお決まりのパターンだ。


そんな私が短期間で意を決するためには、

何か「儀式」のようなものが必要なのかもしれない。


どこか日常から遠く離れた場所に身を投じて、

強制的に心をリセットする。


一度目の転職の時は、宿も決めずに一週間ほど放浪の旅をしたり、一人で海外に行ったりした。


それを境にして、どこか「生命力」のようなものが湧いてきて、

後ろ髪引かれていた部分の「後ろ髪」をバッサリと切ることができたように思う。


今回もあわよくば放浪の旅でもしようと思っていたけれど、

社会情勢的に厳しい期間が続きそうだ。


そうなると、何か移動せずに行える「儀式」を考える必要がある。

そう思っていた矢先に身を投じたとあるイベント(怪しいものではない。むしろ公的なものだ)

前から参加が決まっていたものだけれども、

それが私にとって思いのほか大きな経験となった。


なんとも「優しい世界」

このような状況だけれども、運営側の「なんとしても成功させたい」との熱意を感じた。


参加者の方も「民度が高い」という表現が適切かはわからないけれど、本当に気持ちの良い人ばかりだった。

いうなれば「感動ポルノ」と揶揄された「24時間テレビ」のようだ。


傍から見ると少し冷めたような目で見てしまうけれど、

こういうのって「参加することでその恩恵を最大限にうけられるのだな」と感じた。


人生を楽しむためには「主体性が必要」


敷かれたレールの上を歩いているだけでは、どこかに「物足りなさ」を感じてしまう。

与えられた課題に対しても、どれだけ「自分の色」という付加価値を着けられるか。

それによって、その課題に対する満足度は変わってくるのだ。


私は「さすが俺だな」くらいの心持ちで、頼まれたことに対して付加価値をつけることに躍起になるナルシスト、

ある意味「幸せな性格」なのかもしれない。


少し話が逸れたけれど、今回の経験、


やはり「日常とはかけ離れた場所」に身を投じることは、気持ちを整理する上でとても有効だと感じた。


そして「感謝」を口にすること、

「感謝」を共有すること、

それは巡り巡って「自分を肯定すること」へと繋がるのだ。


「優しい世界」は人を救う。


ものすごくストレートなロジックだけれども、どこか穿った見方をしていた私、

そこに身を投じてみてそれを実感した。


結局、私は「感動している人たちの姿に嫉妬していた」のかもしれない。

「満たされていない自分」を認めたくないから、批評することで相対的に自分の価値を高めようとする。


何とも浅ましいものだ。


人生の課題の大半は「素直になること」で解決できるのかもしれない。

「妙なプライド」なんてかなぐり捨ててしまえばいい。


徐々に薄れてきた今の職場に対するノスタルジー

私は先に進むのだ。

「感謝」という二文字を心に焼き付けて、


どこか「心持ち」の変わった日を通り過ぎた。

ここからがまた新たなスタート、