私はノンアルコールのビールを美味しいと思ったことがない。
CMで「ノンアルを美味しいと思ったことのない方に試していただきたい」と謳う製品を何度か試しても、やはり結果は同じ。
微アルのビアリーですらあまり美味しいと感じなかった。
そうなると、アルコール自体に味があるのだろうか。
それともプラセボ効果でノンアルというだけで私がおいしくないというバイアスをかけているのだろうか。
実際のところはわからないが、私がノンアルコールビールを美味しいと思ったことがないということは、疑いようのない事実だ。
あれを飲むくらいなら麦茶を飲む。
コーラを飲む。ジンジャーエールを飲む。
それくらい私にとって、ノンアルコールビールの存在意義がわからない。
あれを妥協ではなく、好んで飲む人がいるならば、その理由を聞いてみたいくらいだ。
「飲めなくってもええねん」
ダウンタウンの浜ちゃんが、そんな軽快なフレーズを歌いながら、アルコールに対する多様性を尊重しようという流れができつつある。
「1杯目はビール」というのは、もしかしたら死語なのかもしれない。
それにアルコールは、タバコと同じく健康に害があるという風潮も強くなってきた。
「酒は百薬の長」という言葉も死語なのだろう。
時代はどんどん変わっていく。
みんなが生きやすいようにって努力をした結果、なんとも窮屈な方向に進んでいると感じるのは私だけだろうか。
私の世代がちょうど過渡期だからそう感じるのかもしれない。
先輩からは体育会系の古き良きノリで扱われ、後輩には気を遣いながら働く。
まるで、修行のようだ。
別に後輩に対して、古き良きノリで接したいとは思わないが、時代の流れからコンプライアンスやハラスメントに注意して、どうしても気を遣いながら働くことになる。
それぞれの世代に苦労はあるのだろう。
あと10年もすれば、ベーシックインカムが導入されて、会社組織自体が崩壊し、フリーランス主流の世の中に変わるかもしれない。
そうなると、全ては自己責任。
多様性もクソも無い。
働きたい人は、自分の力だけで社会の中で働いていかなければならない。
そんな時代がそこまできているのかもしれない。
そういう時代では、他人のビールの好みなんか誰も気にしないだろう。