
面白い記事を見た。
「個々の能力に関わらず成果を上げる組織」というのは、
総じて「集合知性を発揮する組織」とのことだ。
一人の頭で考えるよりも、
みんなの頭で考えたほうが「より良いもの」ができる。
「三人寄れば文殊の知恵」ということ、
そういう組織であるための条件が3つあるという。
1)「メンバー同士がお互いを理解し、気持ちを汲み取れる」
2)「全員が対等に発言できる」
3)「チームに一体感がある」
私はこの中の2番目、
「全員が対等に発言できる」即ち「心理的安全性が高い」というものに、
大きく頷きながら記事を読んでいた。
「心理的安全性」
この言葉が注目されたのはGoogle社における、
「プロジェクトアリストテレス」というものがきっかけのようだ。
「パフォーマンスの高い組織とは何か?」というテーマの元、
議論を重ねる中で導き出された結論、
その最たる条件として「心理的安全性が高い」ということが挙がる。
会議の場において「発言量」に偏りがなく、
参加者が万遍なく意見を述べている組織は「高い成果を上げる」傾向にあるらしい。
思い当たる節がある。
「参加者の半分くらいは一言も発言をしないで終わる会議」
そういうものがままある。
そういう場合は、単純にその半分は会議に参加せず、
別の業務を行ったほうが効率が良いのか。
いや、単純にそうとも言い切れない。
その場では発言しなかったけれど、
あとから参加者にヒアリングをすると、とても面白い意見をもらい、
それを軸にしてプロジェクトを進めたことがあった。
結果としてそれがいい結果を生み出し、組織の視野は広がった。
もしも会議の後にヒアリングをしなかったら、
そのプロジェクトは全く別の方向に進んでとん挫していたかもしれない。
「発言をしない」ということは、
裏を返せば「組織が発言をしにくい場になっている」ということ、
つまり「心理的安全性が低い」組織、
それでは「パフォーマンスが上がらないこと」は当たり前だ。
それぞれが「違う体」で生きてきて「違う頭」で考えて、
この場に辿り着いているのだ。
だから様々な意見があるのは当たり前、
ハードルさえ下げれば、面白い意見はたくさん出てくるだろう。
互いが互いを認めていて、言いたいことの言える組織、
そうなると帰属意識は高まって、
個々が組織に貢献している実感を得られると同時に、
組織に対して貢献したいと思うようになる。
おまけに居心地よく、定着率も高いだろう。
良いことづくめである。
しかし、気を付けなければならないのは、
「心理的安全性が高いこと」で、努力を放棄する人が出てくること、
「居心地の良さ」に胡坐をかいて、しがみついたり、
「何を主張しても大丈夫だ」と暴走する人も出てくるかもしれない。
「心理的安全性」が高すぎても、人はダメになってしまうのだ。
だから、個人においても「心理的安全性」を享受できるようなモラルが求められることになる。
組織と個人、
それぞれが自立を求めるならば、
思いもやらないようなアイデアからビジネスチャンスが生まれるかもしれない。
そういう組織は強いのだ。