「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

父親の仲間入り

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夫婦お互いの実家に子供を連れて行くと、子持ちの兄弟たちと同じ土俵に上がれたような雰囲気になる。

それまでは、子供達と遊ぶ側だったのに、今では私は完全に親側になった。

 

子育ての苦労を分かち合い、悩みを語り合う自分を客観的に俯瞰してみると、私は「父親の仲間入り」をしたのだと実感する。

 

これが世の摂理なのかもしれない。

「未婚」と「既婚」

「子持ち」と「子なし」

そこには目に見えない線が引かれている。

 

その線の内側と外側で、コミュニティが形成されていて、たとえ年代や境遇が近くても、線の内側と外側では、どこか相容れないような雰囲気が漂っているのだ。

 

私は「既婚」で「子あり」という、今の日本ではまだ多数派のコミュニティに所属することになった。

それだけで「共感」の幅は大きく広がったことを実感する。

だからこそ、私の苦労に対しても多くの人が共感してくれるようになった。

単純に「味方が増えた」そういう実感はある。

 

「未婚」で「童貞」

今までの私が悶々としていた一つの理由は、自分がマイノリティに所属していたことにあるのかもしれない。

マイノリティ側の人間は、表向きにはそういう世界ではなくても、どこか疎外感を感じながら生きている。

 

そこからくる寂しさ。

それが見えない速度で人の精神を狂わせて行く。

私の周りの40代を過ぎても未婚の人は、やはりどこかで欠落感を感じているように見える。

どんなに優秀で仕事ができる人も、どんなに優しくて人として尊敬できる人も、マイノリティであり続けることに対して、今の社会は優しくはないのだろう。

 

高齢童貞で、女性との関係については長いことマイノリティを経験してきた私だ。

この短期間の変化には驚きを隠せない。

そんな私だからこそ、見える景色があるのかもしれない。

 

私は「父親の仲間入り」をした。

 

子育ては思っていた3倍は大変だけれども、そこに充実感を覚える理由は、それまで長いことマイノリティでいたことに対する希望の見えない閉塞感と比べたら、今の苦労は、希望のある、未来に繋がる実感のある行為だからなのだろう。

 

全ての人が、もう少し生きやすい社会になれば良いと思う。

だからこそ、私は私なりのアプローチで、周りの人たちに接して行くことが、それに繋がるのかもしれない。

 

今の私の苦労は、人間性を磨くために必要な苦労なのだ。

私が望む私へと成長するために必要な苦労なのだ。

そう信じて頑張ろう。