「童貞のまま結婚した男」の記録

元「30代童貞こじらせ男」 30代後半まで童貞で、そのまま結婚した男の記録です。

希望を抱きながら「苦しみ」を引き受け続けるということ

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「生きる」ことは苦しい。

 

ある意味、

その「苦しみ」を引き受け続けることが、

「生きる」ということだ。


その「苦しみ」に押しつぶされてしまうと、

「絶望」へと堕落する。

 

そうなったらおそらく

「生」を繋ぎとめることは難しいだろう。


「生きるに足る理由」


人はそれを「希望」と呼ぶ。


無意識にそれを抱くことで、

「生」を繋ぎとめているんじゃないかな。


「仕事終わりの一杯」でもいい。

「迎えてくれる家族」でもいい。

ONE PIECEの最後を見届けたい」でもいい。


一つの笑顔に救われることもあれば、

たった一つの悪意で、

「絶望」に堕落してしまうこともある。


「コップいっぱいの水」


目には見えないけれども、

ギリギリのところで耐え続けているのだ。

 

ありとあらゆる場所から理由をかき集めて、

「この世界にいてもいいんだ」って、

自分を納得させてあげるのだ。


「生きる」ということ、

それは当たり前のことではない。

 

生まれてくること自体が、

「奇跡の積み重ね」だなんて、

そんな「確率」の話をするつもりではない。


「いま」命を繋いでいること、

それは当たり前のことではない。

それを続けるだけでも大変なこと、


「命」は大事?

そりゃそうだ。

 

どんな命だって、

荒波を乗り越えながら、

苦労して繋いできたものなのだから、


だけれども、

命の使い道

 

それに目を向けることが、

かえって「生」をより深く実感する。

 

「苦しい」ほどに、

「生きている」と実感する。

 

そうやって、

「命」はより大事なものに深まっていく。

 

「雨宿り」のつもりだったけれど、

気が付けば何十年も同じ時を過ごしていた。

そういうこともあるだろう。


理由は何でもいいのだ。

 

苦しみを抱えながらも、

結局は何か一つ、

たった一つだけでいい。


確たる「希望」


そういうものがあれば、

人はどんなに苦しくても、

生きていけるんじゃないかな。


「人生を質に入れることで得られる希望」


そういうものに懐疑的だったけれど、

それに対して肯定的になっている自分がいる。

それでもいいのだ。


だけれども、

それに身を委ねすぎると、

誰かに命を握られることになる。


気を付けなければならない。


価値観や考え方なんてものは、

一周回って元に戻るのかな。


「人生」ってものは、

その繰り返しなのかな。


どうりで答えが出ないわけだ。